文鳥も人間の面倒をみていたのかもしれない

ペット界隈で普遍的な事象として「呼び鳴き」っていうものがあると思う。私も7年半文鳥と暮らしているが、結構甲高い声でピィピィ鳴くので(私は全然平気だけど)ノイローゼになってしまう人もいるらしい。

呼び鳴きは基本的にどの種においても「甘えたい」ときや「かまってほしい」ときに起こるもので、未熟な行動みたいなニュアンスで捉えられがちな気がする。また呼び鳴きに反応してしまうと「鳴いたら遊んでくれる」と学習してしまうので無視する方がよい、というハウツーもよく語られていたりする。私も文鳥飼育の中で呼び鳴き時には最低限様子を見るものの、あまり構いすぎないようにしていた時期がある。が、5〜6歳を過ぎても一向に止む気配はなかった。

あるときから、鳥生も折り返しだし本鳥の情緒面の充実を優先させてあげた方がよいかなぁと思うようになって、ここ1〜2年くらいは呼び鳴きにも普通に応えたりカゴの近くまでいって話しかけるようにしたりするようになっていた。そうしているうち、反応した後はすぐに呼び鳴きを止めるし、別にカゴから出して遊んであげなくても満足そうにしていることに気がついた。

ここからは想像だけど、実はかいぬしに対して、「生きているか心配だから返事しなさい!」とか「危ないから見えるところに居なさい!」とか「ちゃんといるか点呼取ります!」とか、そういうニュアンスでピィピィ鳴いていたのではないか。反応すると呼び鳴きを止めるのも、かいぬしの無事が確認できて安心するからなのかもしれない。この7年半、私が一方的に文鳥の世話をやってきたつもりでいたけど、実は文鳥サイドからしても私の面倒をみていたのかもしれない。

ああ 私は文鳥に守られていたんだなぁ

そう思うとちょっと愛おしくなってきて、首後ろの羽毛たっぷりの部分におもむろに鼻をあて、思いっっっ切り文鳥の空気を吸い込んだ。文鳥はちょっと迷惑そうにしていた。「甘えたい」「かまってほしい」のは、人間のほうだったのだろうね。